【なんかつらい】陰キャに沁みる曲4選

お役立ち

あなたは陰キャですか?

陰キャの定義は難しいですし、多様な人の性格を一言で分類してしまうのはナンセンスかもしれません。しかし、そんなことは考えず、自信をもって「私は陰キャです」と即答できるような人をここでは陰キャということにします。(ちなみにファッション陰キャは万死に値します)

もちろん筆者は陰キャです。しかも相当にこじらせているのです。だからこそこのような記事が書けるのです。

陰キャの人は、自己肯定感が低く何かと反省したり考え込んだりしてしまいます。また、人気者で常に楽しそうな人に対して、羨ましいけどああいう人にはなりたくないという複雑な感情を抱いたりします。そして世間に対する反骨心や陰キャとしての自我の強さがあったりします。
まだまだ書きたいところですが、話がそれてしまうのでこの辺にしておきます笑

ここからはこのような独自の精神世界を持った陰キャに突き刺さる(と筆者は思う)曲を紹介していきたいと思います。

ルキンフォー/スピッツ

最初は筆者が敬愛するスピッツから32thシングルの「ルキンフォー」です。

世間的にはそのようなイメージはもしかしたらないのかもしれませんが、スピッツは全体的に陰キャに優しいというか、こじらせているような曲が多いです笑
スピッツのほとんどの楽曲をボーカルの草野正宗さんが作詞作曲しているのですが、曲を聴いたり、インタビューやラジオなどで話を聞いている感じだと彼自身がこっち側の人間ぽいですから(勝手に親近感抱いているだけです。違ったらごめんなさいマサムネさん...)

では、この「ルキンフォー」に注目していきます。

スピッツの多くの楽曲に当てはまることなのですが、基本的にリスナーに「~しよう」とか、「~しないで」などと強いメッセージを投げかけることはありません(「けもの道」など例外もありますが)。
また、草野氏自身の強い意思表示もしません(「醒めない」など例外もありますが)。
あくまで物語のように曲中に主人公と「君」を登場させて、二人の世界で話を進めるのです。

この「ルキンフォー」では、自己肯定感が低く後ろ向きになりがちですが静かに心を燃やしている、という陰キャの王道的な特徴(と筆者が思っている特徴)を備えた人物が主人公に据えられています。

そんな主人公が、これまでたくさん辛いことがあり、これからも辛いことはあるだろうけども、不器用ながら少しづつ前へ進みたい。そして、この気持ちを「君」にもつなげたいといった内容になっています。この「君」というのは、物語上の登場人物かもしれないし、リスナーかもしれません。このように解釈の余地を残すところや、曖昧な表現や比喩を多用するあたりが非常にスピッツらしいです。

筆者に一番ぶっ刺さった歌詞は二番のサビの「ルキンフォーめずらしい 生き方でもいいよ 誰にもまねできないような」という部分です。

人とのコミュニケーションが苦手だったり、周囲と考え方が合わなかったりして、「なんで自分だけこんななんだろう」と思うことが多い人生だったので、この歌詞がぴったりとはまったのです。

自分のことを折り紙付きの陰キャだと自負している人には、この曲はしみること間違いないと思います。

鴨川等間隔/岡崎体育

続いては岡崎体育から「XXL」に収録の「鴨川等間隔」です。

岡崎体育というと「MUSIC VIDEO」などのネタ要素の多いヒット作のイメージが強く、ちゃらけたどちらかといえば陽キャの分類の人間だと思われているかと思います。
しかし、実は内省的だったり社会に反骨心を隠し持っていたり、考えさせられるメッセージをこめていたりする曲も多いのです。
この「鴨川等間隔」然り、「エクレア」、「スペツナズ」、「観察日記」など筆者的名作が多いです。

では、「鴨川等間隔」に注目していきます。

鴨川等間隔は、京都の鴨川の岸辺に集まるカップルやグループが等間隔に並ぶ現象のことで、この曲ではこの現象を題材にしています。

この曲の主人公(おそらく大学生時代の岡崎体育さん自身を投影していると思われます)は、おそらく留年などの理由で同期のほとんどが就職してしまった状況で大学に残っています。
また、「無意識にまたネイビーブルーを手に取り無難を求めちまうぜ(世間の目ばかり気にしちまうぜ)」という歌詞からも分かるように、この主人公は人の目を気にするタイプの性格のようです。

そんな状況や性格が相まって、主人公は孤独感や将来への不安、漠然とした不満足感に見舞われた状態にあります。
そのような時に、鴨川等間隔の人々、すなわちリア充な人々を見てしまったがために、毒を吐きつつも、内省にも至ってしまい自身もダメージを受けるといった曲になっています。

一つ秀逸な歌詞を紹介しておきます。一番のサビの一部の「鴨川等間隔 橋の上 見下ろしながら見下される」という部分です。
橋の上からの鴨川等間隔の観察という物理的状況と、鴨川等間隔のリア充は勝ち組で自分は負け組であるといった思いから生じる見下ろされる気分という精神的状況を、こんなに綺麗に一文で対比させることができるでしょうか。脱帽です。

陰キャな筆者にはあるある過ぎたため、めちゃくちゃ沁みたと共に岡崎体育さんへの好感度が爆上がりしました。え...もしかして同じ人種?と思ってしまう自分がいました笑

君は乾杯のとき俺とだけグラスを合わせなかった/忘れらんねえよ

三曲目は、忘れらんねえよの「君は乾杯のとき俺とだけグラスを合わせなかった」です。アルバム「あいつロングシュート決めてあの娘が歓声をあげてそのとき俺は家にいた」に収録されています。

曲名もアルバム名も長すぎって感じですよね笑
そしてどちらもこじらせ感の潔さが最高ですね笑

忘れらんねえよは元々スリーピースバンドでしたが、現在はギターボーカルであった柴田隆浩さんがソロで活動を行っています。
柴田隆浩さんは、自身を非モテで童貞感の強い人間だと自負していて、そのダサさを売りにした作曲を売りにしています。
そう言った意味では、陰キャである筆者が忘れらんねえよの楽曲に惹かれてしまうのは必然なのかもしれません。

では、「君は乾杯のとき俺とだけグラスを合わせなかった」に注目していきましょう。

この曲は、好きな女の子がいる飲み会の場で、その子の様子をうかがったり様々な思考をめぐらし、結果的にその子が自分に全く興味がないことを悟った陰キャ男の歌です。
一つ一つの挙動や思考がとにかくあるある過ぎるのです。
最初に聞いたときは、こんな気持ち悪いことしているの自分だけだと思っていたのに、全く同じような人間がいて安心したことを覚えています笑

この共感度の高さの一例としてしょっぱなの歌詞を紹介しておきます。
「俺は気付いたんだ みんなで乾杯したときに 君は俺とだけグラスを合わせなかった 考えすぎと言われるかもしれないけど 最悪のケースの場合も可能性としてはあるわけで」

この小さな事を気にしてそこから考察を繰り広げてしまう感じに共感の嵐なわけですよ。

他にも共感できる部分が盛りだくさんです。こちらに歌詞のリンクを貼っておくので、是非見てみてください。

小さなリンジー/田中茉裕

最後は田中茉裕(まひろ)さんの「小さなリンジー」です。

田中茉裕さんは、ソロのシンガーソングライターで、ピアノを主体としたきれいな演奏に内省的な歌詞を乗せた魅力的な楽曲を作っています。

「小さなリンジー」では演奏歌詞共に、その特徴が色濃く表れています。
内省的な歌詞ですので、陰キャというよりも一人で色々と考え込んでしまう人向けといった方が適切かもしれません。
最初に歌詞を引用しておきます。

「小さなリンジー ひとりきりで 今日も出かけるのかい 幸せ者に君の悲しみはわからない My life was happy woeful days 朝が来るよ いつかこの歌を君が聴いてくれたらな 僕にもいつか話してほしいな」

正直リンジーが何を指しているのかも、田中茉裕さんが何を表現しているのかも解釈が難しいです。ただ、全体として何か感ずるものがあって考えさせられるところがあります。
また、「幸せ者に君の悲しみはわからない」、「My life was happy woeful days=私の人生は幸せで悲惨な日々だった」という歌詞から、社会のはぐれ者で、周りの人とは同じように生きられず辛い思いを抱えてきたというような世界観を推測することはできます。

このようなこじらせた陰キャにも通ずるような世界で、思いを巡らせるのが非常に楽しい一曲です。
皆さんも是非この内省の世界に入り込んで欲しいです。

最後に

最後までお読みいただきありがとうございます。

この記事では陰キャに刺さりそうな曲、という名の陰キャの筆者が好きな曲を紹介しましたが、気に入るような曲はあったでしょうか?

世間では、陰キャは声が小さく陽キャの声が大きいため、存在が目立ちません。そのため、こんな変わってて暗い人間は自分だけなのではないかと思ってしまいがちですが、その目立たなさのために気づいていないだけで実際には自分以外にも一定数いるのだということに筆者は最近気が付きました。
自分と同じ人種の人が身近にいなかったとしても、現代ではSNSで見つけられたりもしますし、自分にドンピシャな曲を見つけることで同人種のアーティストの存在を見つけられたりもします。

今回は筆者が陰キャであるので陰キャに注目しましたが、それ以外でも自分が他人となじめないと思った時、色々な曲を聴いて同人種のアーティストを見つけることは良い心の支えとなるかもしれません。

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